

2026.01.16
皆さん、こんばんは!
1月も既に折り返し地点ですね。
今回は新年だからこそ取り扱いテーマ「期待に応え続けると起きること」です。
皆さんも日常で誰かの期待に応えたいと思うことはありますか?
期待に応えることは、悪いことではありません。
むしろそれは、能力であり、信頼でもあり、優しさでもあります。
▼頼まれたことをこなせる
▼空気を読める
▼その場を整えられる
▼相手が欲しい言葉を選べる
それができる人は、たしかに「大人」です。
でも同時に、期待に応え続けることで起きる変化があることは、あまり語られていません。
それは、目に見えない形で、静かに進みます。
期待に応え続ける人は、他人のニーズに敏感です。
▼相手が何を望んでいるか
▼何を言えば安心するか
▼どの程度なら不満が出ないか
こうしたセンサーが優れているからこそ、自然に応えられる。
でもその能力が高いほど、自分の境界は少しずつ薄くなります。
▼相手が困っていると、助けたくなる
▼空気が重いと、軽くしたくなる
▼場が乱れると、整えたくなる
気づけば、自分がどうしたいかより先に、相手に合わせることが習慣になります。
最初は、善意です。
自分ができるからやった。
たまたま余裕があったから応じた。
でも、続けていると状況が変わってきます。
相手は、それが当たり前になる。
自分も、それが普通になる。
期待に応える側が苦しくなるのは、
期待されることが増えるからではなく、
断る理由が見つからなくなるからです。
応えているうちに、断ることが「例外」になってしまいます。
期待に応え続ける人は、
「しんどい」と感じる瞬間があっても、すぐに自分の中で処理してしまいます。
▼これくらい大丈夫
▼みんなも頑張ってる
▼自分がやったほうが早い
そうやって、違和感を小さく丸めてしまう。
するとしんどさは消えたように見えて、実際には、「身体の奥」に残っていきます。
ある日、突然
▼理由はわからないけど気力が出ない
▼人と会うのが億劫
▼反応するだけで疲れる
となったときに、初めて溜まっていたことに気づくのです。
一番大きな変化は、ここかもしれません。
期待に応え続けると、
▼自分が何を好きで
▼何を嫌で
▼何に疲れて
▼何を望んでいるか
それを感じる回数が減っていきます。
理由は簡単で、常に「外側のニーズに注意が向いている」からです。
外を優先することが上手い人ほど、内側は静かになります。
本音がなくなったわけではなく、ただ聞こえなくなるのです。
期待に応えることは、才能です。
それができる人は、信頼されるし、頼られるし、評価もされる。
でも、期待に応え続けると、
▼境界が薄くなり
▼断りづらくなり
▼しんどさに気づけなくなり
▼本音が後回しになる
これは弱さではなく、構造です。
だから必要なのは、強くなることではありません。
自分の内側に戻る機会をつくること。
期待に応える人生から
期待を選べる人生へ。
その切り替えができると、優しさは消耗ではなく、ちゃんと力になります。
もしあなたの周りに、いつも期待に応えてしまう人がいるなら。
その人は、平気そうに見えて、実はずっと気を張っているのかもしれません。
だから逆に、期待に応えている人を見たときは、
そっと優しい言葉をかけてみてください。
「ありがとう、助かったよ」
「無理してない?」
「いつも頑張ってるね」
それだけで、その人の中の緊張が少しほどけることがあります。
優しさは、受け取られることでやっと循環します。